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2013/03/12

Tavistockクリニック訪問記

 イギリスにTavistockクリニックと呼ばれる心理療法機関がある。イギリスの保険制度であるところのNHS(National Health Service)に含まれる機関であり、言わずと知れた精神分析の中心地である。日本における先導的な精神分析家の中にもここを訪れた人は少なくないし、著名な精神分析家の中にこのクリニックに関わりのある人もまたはるかに多い。隣にはPortmanクリニックと呼ばれる、司法領域に属する患者への心理療法を行う機関もあり、2つはTavistock Centerとして1つの財団を成している。

 私がそこを訪れたのは2月の半ばだった。厚い雲が時々開けて日の光が差す一方で、風のない中を静かに雪が降るような、そんな季節だった。ロンドン中心部からTubeと呼ばれる地下鉄で北へ向かい、Finchley Roadで降りると、すぐ右手に精神分析関連の書籍を中心的に扱うKarnac出版社の書店が見える。書店の前を通り過ぎ、車の通れない建物の隙間を抜けるような上り坂を抜けると、Freudが晩年をすごし、今ではFreud Museumとなっている建物のあるMaresfield Roadに出る。そのまま直進した角にFitzjohn's Avenueに面したTavistockクリニックを見ることが出来る。
 あたりはFreudが住んでいたことから推察されるように高級住宅街であり、Tavistockクリニックはそこを走る2つの通り、Fitzjohn's AvenueとBelsize Laneの角に立っている。入り口はBelsize Lane側にあるが、2つの通りが交差したところには中空を見つめるFreudの銅像が建っていて、今でもまだ見果てぬ謎を追いかけているようだった。
 無意識には時間がない。

 建物は6階建てで、ちょっとした小学校の校舎ほどはあるけれども、運動場がないという点において躍動的な場所ではなかった。厚い雲に覆われた灰色の空気がなおさらその陰りを強調していた。

 Tavistockクリニックは精神分析の訓練機関として知られているが、もちろんNHSに含まれる機関として治療の機関でもある。そしてあまり知られていないことではあるけれども、実際のところ精神分析の訓練機関ではなく、精神分析的な心理療法の訓練機関である。
 ここでの治療はNHSのそれに準じて全て無料であり、しかしその期間は1年間と定められている。延長はありうるが、それは経過を見て決められる。週1回から週3回の治療が、子どもから成人までを対象に行われており、子どもの部門、青年の部門、そして成人の部門がそれぞれを担当している。治療にはクリニックに所属する心理療法家があたるとともに、訓練生もケースを持つ。始めの診断面接の過程があり、それから部門内のユニットでのミーティングを経て治療の方針が立てられる。ミーティングには外部の分析家も加わることで質の高さが維持されている。
 訓練もこれに準じた形で、子どもの心理療法のための訓練から成人の心理療法のための訓練について、訓練生の水準に合わせたコースが提供されている。成人部門で言えば入門者のためのD58、より本格的な訓練生のためのD59、そしてスーパーバイザーや心理療法部門の主任や部長を担えるような専門家を育てるためのM1が主要なコースとして用意されている。Tavistockクリニックでケースを担当するとともに、最大3名からなるグループスーパービジョン、部門内のユニットでのケース処遇に関するミーティング、個人スーパービジョン、理論セミナー、そしてコースに合わせた週1回から週3回の精神分析的心理療法の体験が課せられる。

 英語の問題を別にすればD58の水準は決して日本に比べて高いとは言えない。けれども、この入門のコースからすでに訓練生はケースの報告を自らの体験とともに行うことを求められている。求められる観察は客観性の担保されたものではなく、そこにいることもまた変数として含み込まれたそれであり、精神分析的な関わりとはそれ自体情緒的体験であることが訓練を通して現出している。
 最初のグループスーパービジョンの際に、私は十分にケースを聴くことが出来なかった。日本において行うように、語られることの音を聞きながら私の心の中にケースを描き、面接の場に身を置いて、その空間を考えることが漂うことができなかった。しばらくたって(おそらく1時間ほどして)、ようやく私の中に理解が生まれてきたけれども、その時になって初めて私は英語を聞き逃さないようにと、自分が意識の水準にとどまっていたことを知った。生まれてくる思考の振動を、考えることはその水準にまで降りて捉えることが出来ないまま、平等に漂う注意という時の心のありようは言語の前に拘束されていた。
 そうした束縛された心の状態はしばらく続いた。けれども、1度それに気付くようになると、私は私の心をどうやって英語から開放するかに努力を向けることが出来たし、それはその場で私なりの実感を伴う理解が生まれることを可能にした。そのようにして2日目の終わりまでには私はずいぶん心の自由を取り戻していた。
 もちろんだからといって英語から自由になれたわけではない。

 6階には食堂があり、昼食時には人でテーブルは埋まっていた。私は窓の外に広がる規則正しい家々の赤茶色の屋根を眺めていたけれども、テーブルではざわざわとした、人の活動の営みが広がっていた。D58は週に1回のコースであり、その1日にすべての活動が収められている。朝10時ごろから夕方4時ごろまでしかないプログラムの中は、わずかな休み時間で区切られた活動で埋まっている。昼食をいつとるのかと訓練生の1人に聞いたら、取る暇がないと笑っていた。朝と夕方にはクリニックの心理療法家は自分のオフィスで精神分析を行っている。そのために朝は遅く、午後は早く終わっていた。医療の中での精神分析と医療の外での精神分析は、こうして共存しているみたいだった。
 食堂のざわめきは、その多くがスーパービジョンによるものだった。そこから推測するに、食堂は職員と訓練生にだけ開かれているのかも知れない。隣り合ったテーブルで、食事を囲みながらどのようなスーパービジョンが成立するのか私には分からない。あるいはそれはたんなるアドバイスであったのかも知れないけれども、それにしては面接における交流にまで踏み込んで、逆転移について何かが話されていた。薄暗い陰りのあるロンドンの冬とは裏腹に、Tavistockクリニックの中は、そうして熱気に満ちていた。どのかけらも精神分析的体験のそれであったし、ここにいることは観察における2つの目(意識と無意識と)の躍動に身をうずめることになるだろうと思った。

 そのようにして多分、Tavistockクリニックには運動場が必要ないのだ。

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