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2013/01/29

元受刑者の社会復帰支援

 先日、私も参加しているNPOでフォーラムを開催した。そこではこの世界では名前を知られた方にも講演をしてもらったのだけど、何となくその話を聞きながらもやもやしているので、いつものように書きながら整理をしてみようと思う。

 その方はもう何年も前から刑務所の中にいる障害者の問題に目を向けていて、今言われているような最後のセーフティーネットとしての刑務所の姿に問題提起をしている方だった。この領域に入って日が浅い私にも気付くくらいの問題を、これだけ長い時間解決できないということは、法務省が無能であるか、関心がないかのどちらかでしかないわけだけど、講演を聞いているとどう考えても関心がないということでしかないようだった。どちらが良いのかよく分からないけど、そういうことなのだろう。
 それで、その方は刑務所の中にたくさんの障害者がいる、ということをずっと訴えかけるわけだけれども
、そこに感じる私の違和感はいつものことだけど以下の通り。1つはその障害が知的障害としてくくられること。私からみれば発達障害もあれば精神障害もあって、それぞれに対応が異なりそうに思えるのだけど、それはもうその人の話のスタイルとして確立されてしまっているのだろうなと思う。言語はそれが言語になった瞬間に思考を拘束する(言語は破壊に耐える力を持たなければならない)。2つめはそこに人格障害は当然のことながら含まれないこと。ここにもやはりかわいそうであるか、かわいげがあるかという問題が潜んでいる(そのことを非難するつもりはない。私たちはそういう存在なのだというところからしか、私たちはスタートできない)。3つめは刑務所の中での対応ではなく、出てからの対応をどうするかということがまだ語られないこと。刑務所の中というのは、これまでの問題があるにしても積み上げられてきた保安構造の下で、ある程度の構造化が可能であるし、用意された教育に受刑者を乗せることもたやすい。刺激は良くも悪くも少なく、社会に出たときの刺激の量はそれに比べてあまりに多く、それにも関わらず頼れる人はいない。釈放されるという自由さの中に置かれる不自由さの中で、果たして何がなされるべきかという議論がこの段階でもまだ生まれていないという事実について、今でも言及されないのだろうかという違和感がもしかすると一番強かったのかもしれない。

 心理の人にとっては精神科医療の現場というのは良くなじみがあるだろうと思う。そこになぞらえて今の刑務所の状況を説明すればこのようなものになる。
・入院中
 患者への対応の第一は施設内の秩序維持である
 それぞれの要望への対応はスタッフの個人的な裁量によって決められる
 騒いだり落ち着かない患者は頭のおかしいヤツとして扱われる
 もちろんそうした患者の要望は通らない
 スタッフと患者が揉めたらほとんど患者の問題
 信頼のあるスタッフが今回は堪えてくれと言うこともある
 病室を仕切るのはやくざ(これは刑務所による)
 仕切ってるやくざの顔はスタッフも立てる
 治療を決めるのは医者とスタッフの話し合い
 患者に出来るのは意見を申し立てることだけ
 入院前に飲んでいた薬は必ずしも飲めない
・退院時
 引き受け先がなければ仮退院はない
 入院中の態度に問題がある患者ほど引き受け先がない
 仮退院なしで期限が来たら退院
 どの患者も退院したら治療は引き受けない
 外来もデイ・ケアもなし
 というか実質外来治療は存在しない
 特別な障害があれば関係機関につなぐ
 (ここが最近福祉との連携と言われるところ)
 退院後の薬は渡さない
 どの機関にも入院中の情報は個人情報保護のため渡さない
 退院後の情報も病院には入ってこない
 特定の疾患については仮退院先で治療が継続
 (性犯罪のこと)
 それも期限付き

 必要なことは、精神科医療になぞらえれば、秩序維持ではなく(これもこの領域ではとても重要なのだけど)治療のための関わり、退院後の治療の継続、であるだろうけど、このうち今は前者について知的障害者に治療を、と言われている状態なのだ。そうかもしれないし、それはそれで大事なことだけど、もっと根本的な問題としてここに論じられていないのは、私たちの社会にとって悪とは何か、そしてそれは改善するのか、ということについての議論なのだと思う。刑務所の中にいる知的障害者の問題というのは、その全体像の中の分かりやすい部分なのであって、その背後にある構成や社会復帰を支援するとは何なのか、それが社会に要請されるということはどういうことなのだ、という議論が必要なのではないかということが、もしかしたら私が感じた不具合であったのかもしれない。

 私はもちろん、犯罪傾向は改善すると思っている。悪とは私たちが私たちの内側から締め出した何かを同じようには締め出せなかった人たちに、あるいは私たちが自然に与ることの出来た恩恵に同じように与ることの出来なかった人たちに顕れた文化への不満なのだと思う。文化が洗練されていくたびに欲動断念がはかられる。そうして文化への不満が募っていく。
 元受刑者の社会復帰支援とはそうした文化への不満の文化への還元なのだと思う。
 それは行政の手では行われない。文化への不満を和らげるのは、攻撃欲動が飼いならされるのは愛によるというFreudの言説に倣って言えば、愛による。システムは愛を提供しない。文化への不満は、それに手応えを与える個人の下で文化へと還元されていく。
 それについてのシステム設計が必要なのだと思うのだ。

 私たちの施設の再犯率は現時点で10%強であって、日が浅いためにこれからもちろん上がっていくのだろうけど、それでもここに私たちは希望を見出している。日本の司法システムは、世界的に類のない、保護司という制度によって、ほとんど有志でしかない人材に更生保護の最前線を委ねる仕組みを作り上げてきた。個人の手によって元受刑者が社会に戻っていくというそのことがもたらす社会復帰という作業への本質的寄与を、個人の手触りを残したままどう拡大するかという問題に私たちは向き合っているのではないだろうか。

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