« 地域に受け入れられる過程 | トップページ | 再起動 »

2012/05/17

Klein派における現実を知る過程

 Winnicottを読んでいて面白いと思うのは、そこに思いもかけない発想があって、私が普段こうであろうと思っていることが、たやすくひっくり返されるからであるのだけど、攻撃性と現実の知覚に関するWinnicottの論考もその1つだ。

 Winnicottにとって、現実は攻撃を通して獲得される。
 乳児の空想世界においてその攻撃性は無慈悲に、万能的に対象を破壊することができる。対象は自己の活動の向けられる対象であり、対象独自の心を持った対象ではなく、したがって思い通りにそれを破壊することができる。けれども外的な対象は、つまり現実の世界における対象は、その攻撃に生き残っている。乳児の攻撃に母親は死に絶えたりはしない。
 Littleの「精神病水準の不安と庇護」の中にも描かれていることだけど、Winnicottとの治療の記録であると言われるその本の中で、Littleはある時分析室の中のものをめちゃくちゃに壊してしまう。分析家は次のセッションにはその部屋をまた元通りにして分析を続けるのだけど、そこに示されているように、部屋は、そして分析家は、患者の攻撃に生き残り、破壊が万能的に実現はしなかったことを示している。
 そしてこのことが万能の領域における攻撃と破壊の外側に、思い通りにならない世界があることを、私ではないnot-me世界があることを乳児に知らせることになる。現実はそうして獲得される。逆説的に、現実は破壊された後で立ち現れる。
 それがWinnicottにおける現実の獲得過程だ。

 これに対してKlein派はどのように現実の獲得過程を描いているのだろうというのが、最近の疑問だったのだ。
 Freudの二原則論文において、現実原則は、発達に伴って獲得されると言われている。一次過程における幻覚的な願望の満足が、いずれ発達した知覚によって満足をもたらさなくなることで思考が生まれ、二次過程が獲得されるというのがその論の道筋なのだが、そこにおいて現実の知覚は発達に伴って自然に獲得されることになっている。Klein派の論文を読んでいる時にも、おおよそそのように捉えられているように私は感じていたが、果たしてそうなのか、そうだとしても発達に伴ってというその過程をもっと何か論じていても良いのではないか、と考えていた。
 今日たまたまクライン著作集を読んでいて、なるほど、と思ったところがあったので、このエントリを挙げているのだが、クライン著作集2巻『児童の精神分析』第1章「児童分析の心理学的基礎」の中に次のような言葉があった。

分析の過程において、子どもの現実に対する関係は最初は弱いものであるが、分析治療の結果として徐々に強さを獲得していく。(p. 12) 神経症的な子どもは、現実を良く耐えることはできない。なぜならば彼らは欲求不満に耐えられないからである。彼らはそれを否認することによって、自分自身を現実から守る。(p. 13)

 ここに示されているのは、原初的な自我が出生直後から存在しているのと同様、現実の知覚もまた出生直後から存在しているとの想定ではないか、というのが今日気付かされたことだ。初めは弱く、量的に少ない現実との接触は、空想と現実との区別が困難であることと並行しながら、それらは欲求不満を引き起こす現実に耐えられないことから起因している。しかし、自我がその強さを増し、早期の超自我が、つまり乳児の攻撃性を引き継いで過酷さを備えた超自我がその勢いを和らげるにつれて、現実は耐えられるものとなり、その接触がより増えていく。そうしたことがここに描かれているように思う。
 それはWinnicottの万能の領域に生きる、一人の赤ちゃんというものはいないという乳児の姿とは異なる、自我を備えた乳児の姿であって、その意味で現実は初めから存在している。

 なるほど、それは確かにそうかも知れない、と、Klein派においてはそう考えられるだろう、と納得する思いだった。ことほどさように、Kleinにおいて現実は現実であり、自我は自我であり、それが十分でないとしたら、それは単に発達が十分ではないのではなく、十分発達を遂げた際に自我が経験するその衝撃に耐えられないことの不十分さなのだなと思ったりした。現実を認める能力の問題ではなく、現実を認めた際にその欲求不満を認める能力の問題なのであって、そう言ってよければ陽性能力positive capabilityの問題ではなく、陰性能力negative capabilityの問題なのだな、という。
 それはそれで、やはり自分の認識をひっくり返される思いであった。

|

« 地域に受け入れられる過程 | トップページ | 再起動 »

コメント

現実の近くは生まれてからすぐ始まる。。
興味深いですね。

投稿: 吉田@心理学 | 2012/05/18 01:55

メールが送信できません。エラーとなります。パソコンからのメールを受け付けない設定になっているのでしょうか。

投稿: クレーマー&クレーマー | 2012/07/02 12:26

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/88325/54729164

この記事へのトラックバック一覧です: Klein派における現実を知る過程:

« 地域に受け入れられる過程 | トップページ | 再起動 »