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2010/11/21

AAIの「語りの形式」の分析を支えるもの

 前のエントリで質問をもらったのだが、相変わらず長い回答なので、エントリとしてあげることにした。質問は、
1.語りの分析眼みたいなものを身につけるのいよい方法などはありますでしょうか.
2.質的データを分析するといった時に,参考にした文献などはありますでしょうか.
3.AAIは「語りの形式的側面の分析法」として,応用はききますでしょうか.
であった。2.に関しては私は質的データの分析を本格的に行なったことがないため分かりません。むしろ教えてくれる人がいたら教わりたいなと思っているくらいで、役に立てそうもない。とりあえず1.と3.について。

>rhox2001さん

 こんにちは。お久しぶりです。
 自分がブログを書こうと思う時しかここを開かないため、返事が遅れがちになってしまっています。どうもすみません。

 お尋ねの「語りの形式」ですが、ひとまずAAIから話をすると、AAIでは語りの前にまず「記憶への接近」がなされるという前提があります。そしてその過去の愛着関係に関する記憶への接近を、乳幼児における養育者への接近と同等のものと捉え、そこでの一貫性を問題にしています。
 順を追って説明します。

 面接の質問は養育者との関係についての抽象的記述、その具体例、愛着行動が引き起こされる出来事の記述、不適切な養育に関する項目、虐待、喪失、といったものについて語ってもらうように構成されています。したがって、面接協力者はこれに答えるために、暗黙のうちに過去の愛着関係の記憶に接近することが求められます。AAIが表象水準での愛着関係を捉えると呼ばれるのはこのためで、AAIでは、愛着表象への接近を捉えるために、顕在的な指標として語り方に注目するわけです。
 過去の肯定的・否定的愛着関係を、一貫した、面接に協力的なやり方で語れる場合、愛着に関する記憶に必要な時には接近し、しかも現在の面接の文脈から離れることはないという点で、安定した心の状態にあるとされます。「一貫した」という言葉の意味は、愛着の観点から見て肯定的な関係は肯定的に、否定的な関係は否定的に語れること、それが面接の全体に渡っていることを含むと同時に、面接の最中に記憶への接近がなされていることが伺われること、にもかかわらず面接状況の理解がなされており質問に沿った回答がなされていること、その記述が具体的で明瞭で、かつ簡潔であるという形で面接者に良く分かるものであること、を含んでいます。
 もしも過去の愛着関係の肯定的な側面にしか接近せず、仮に否定的な出来事を記憶していても、その影響を最小限に記述し、肯定的なまとめ方をすれば、それは愛着に関する記憶への接近を真の意味では回避していると捉えられます。同様のことが過去の愛着関係を思い出せない時にも想定されます。抽象的な関係は良好に記述されても、そこに具体的な記憶が伴わない時もそうです。
 さらに、愛着関係の価値を切り下げ、それによって面接者が過去にどのような愛着関係を持っていたのか分かるような形で明確な語りができない時にも、それは回避であるとされます。

 長くなるので他の場合は省略しますが、このように「語りの形式」は「記憶への接近」という内的活動、内的状態の顕在的な指標として扱われています。

 AAIの分析法を参考にするのであれば、その前提を含めて参考にする必要があると思いますが、この時、見落としてはならないと私が思っているのは、AAIが語りの形式の分析を主眼としていると言われている以上に、面接協力者に過去の記憶への接近を求めることになる質問構成がなされていることです。AAIにおける質問は、過去の愛着関係に関する記憶に接近することを意図されて選択され、並べられており、そのために面接の中で心的な活動として愛着関係の記憶への接近が生じ、その一貫性を語りの中から分析することができるのだと私は思っています。
 したがって、この分析方法はあくまで過去の愛着関係の記憶に接近することを前提とした語りに対して適用されるものであり、「語りの形式」への注目も、この質問構成だから可能なのだと思います。言い換えればAAIの分析法は、AAIと呼ばれる面接セットで得られた逐語録に対して、愛着に関する心の状態を捉えるためだけに使用できるのであって、そのまま他の逐語録に適用できるものでもなく、他の心の状態を捉えるために使用できるものでもないだろうと思います。

 例えば、回避の状態をどのような語りの形式から捉えるか、ということの参考にはなるかもしれません。あるいは、AAIの基準や指標をそのまま使用することもできるかもしれません。けれどもそれはあくまでも、AAIと同様の心の活動が生じることを仮定できる時に限られると思います。

 質的研究には異論も多く、賛同者の努力の割には心理学の研究法として広まらないところがあるのですが、それはこのような何を捉えるために、何が心の中で生じているかを想定し、それを引き起こす質問セットを構成し、顕在的な指標として何を用いるかが理論的に考察されていないためではないかと思います。もちろん、AAIだって最初から理論駆動型で作成された訳ではなく、理論と試行錯誤と実践からのフィードバックが混ざってできたものですが、このような分析とその骨組みはその都度理論的考察の対象になっている訳です。「語りの形式」の分析を考える時には、どのような形式に注目するか、だけではなく、それがどのような心の状態に対応しているのか、その心の状態は捉えようとしている概念に一致するものなのか、そもそも言語的反応を促す質問・教示・刺激はその心理学的概念や心の状態を捉えるのに適した構成なのか、ということを合わせて検討する必要があるのだと思います。
 多くの投映法と同じく、「語りの分析」は刺激、内的機制に関する理論、分析・評定法、解釈法が1かたまりのセットになったものであって、異なる方法には異なるセットが作られる必要があるのではないかと私は思っています。

 AAIが参考とされないのは、1つにはその分析法が非公開であることがあるのだと思いますが、仮に公開されているとしても、以上のような理由で直接的な参照枠にはならないでしょう。したがって、もしも分析眼のようなものを身に付けたい時には、それを心理学的な研究として精緻にしたいのであればなおさら、その「セット」について考えると良いのではないかなと思います。とはいえ、私は愛着に関する方法しか分かりませんし、質的研究の良いところは、あらかじめ何を捉えるかを想定することなく、得られた面接の情報からむしろ理論・モデル構築を行なうところにあるため、このような回答が適当なものであるのか分からないのですが。

 ひとまず、そこまでご回答します。

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コメント

はじめて失礼いたします。半年くらい前にこのブログに気づき、AAIに関連するものを中心に、折に触れて興味深く読ませていただいています。
当方は、非行・犯罪に関連する職場に専ら身を置き、クライアントの生活史や非行・犯罪場面をめぐる語りを聴取することを仕事にしている立場にありますが、これらについてのAAIにおける語り口への切り口は、クライアントのアタッチメントのあり方に限らず、大変示唆に富むものではないかと思っています。
アンテナが低いせいか、周囲には今のところAAIについて話をできる人がおらず、一人で資料の拾い読みをしている段階ですが、常々次のようなことが気になっており、非行・犯罪臨床にも関わられている経験から、ご助言などいただければありがたいなーと思っています。
1 日本で、AAIの考え方を勉強できるオープンなサーク ル・研究会などはないのだろうか。(AAIそのものの実施、評定、というよりも、その基礎理論を活用して、生活史、非行語りの物語的真実(?)にアクセスするための新たな「セット」につなげられるような。)
2 CrittendenらのDMM-AAIについてのMainらのスタンスはどのようなものだろうか。(CrittendenらのAssessing Adult Attachmentは、Mainらとの対比を意識し、その体系を踏まえよう(踏み越えよう?)としているように感じられるが、その逆はあまり見られないように思われるが、両者の間にどんなしがらみや因縁があるのだろうか。)
3  AAIの分析視角は、クライアントの処遇(?)の効果検証ばかりでなく、ケース担当者側がケース理解やケース記述を行う際のスキル向上にも応用価値が高いのではないだろうか。(効果検証への活用例については、以前の記事にも一部紹介いただいていますが。)

投稿: ostax35 | 2011/12/26 23:58

>ostax35さん

 はじめまして、nocteです。いただいたコメントに長い間返信できずにいまして、すみません。ちょうど年末年始にDMM-AAIについて調べていたため、タイムリーな話題でした。回答というほどではないのですが、私に分かるところをこちらに新しいエントリとしてあげさせていただきましたので、ご一読ください。

投稿: nocte | 2012/01/28 03:34

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