« 昔話と日本人 | トップページ | 招待 »

2010/04/05

物事の始まりと変質

 4月に入って、そろそろあちこちの大学で入学式があったり、在校生へのガイダンスがあったりしている。私の大学でもそうしたことが行われているが、それとは別にNPO法人の立ち上げに関しても新しい動きが。といっても、必ずしも良い動きではないけど。

 おそらくこうした自発的な人々の集まりが公的になろうとする時にはそうなのだろうけど、いくらかの足並みの乱れが見え始めた。それぞれの思惑であるとか、先の見通しの精度であるとか、個別の事情であるとかに左右されて、結局3月中に申請書を提出することはできなかった。そのこと自体はそれほど大きな問題ではないと私は思っているのだけど、1つは活動できる人について、1つは活動場所について、もう1つは金銭面について課題が浮上した。あまり細かいことは書けないけれども、こうした活動の多くの部分を集まった人の自発的な関わりに依拠しているために、ちょっとした事が事態を難しくしてしまう。お金というのは自発性を経済的な利益で埋め合わせることができるという点で、そうした困難を解決する上で有益な方法になるのだけど、そうすると今度はお金をどう集めるかという課題が出てくる。
 もちろん中心になっている人間が銀行などから借入をすることで当面のお金を工面することは可能だし、家族や親戚等を中心に援助してもらうという方法はNPOの立ち上げには良く用いられる手段だけど、それらが基本的には借入であることを考えると、近い将来にそれらを返済できるような計画を立てる必要がある。私はこれまで自分の仕事として大学があるのでアドバイス的に場や取り組みをまとめる役割を取ってきたけれども、積極的な活動ができる人が減ってきたところでそうも言っていられなくなったかもしれないと思って、もう少し積極的な関わりを始めた。

 NPO法人は法人とは言え、やはりNPOなので、非営利な活動をする団体である。しかし、社会的に意義ある活動をしようとした時、思いのある人々をまとめる1つの重要な要因はお金なのだ。例えば、事務所を借りる、事務員を1人置く、連絡手段として電話を引く、広報をするための印刷を行なう、再犯防止のための社会復帰を図るために生活指導、就職指導等をする、そのために交通機関を利用する、などそれぞれにお金が関わってくる。むしろそれが経済的な活動が行われている社会の中に参加するということであって、金銭の授受が発生してこそ社会の中にNPOが位置づくことになるのかもしれない。金銭面での課題が出てくるということは、つまり経済的活動に入っていくということを意味しているのだろう。そしてそれにともなってそれぞれの人が自分が行なっていることが自分の理想に照らして、自分の利潤に照らして、意味ある活動になるのだろうかという値踏みをするのかもしれない。
 個人的活動が社会的活動になる瞬間の変質。この状況をどうやって乗り切るかが今立ち上がってきている問題であり、そう考えるとこれに取り組むのはなかなかやりがいのある仕事に思える。

|

« 昔話と日本人 | トップページ | 招待 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/88325/48006286

この記事へのトラックバック一覧です: 物事の始まりと変質:

« 昔話と日本人 | トップページ | 招待 »