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2009/04/08

表象を測定する

 この2年間ほど、表象測定の測度を開発しようと取り組んできた。そして、もちろんつまづいている。投影法を用いようとしているのだが、刺激をどうするか、教示をどうするか、どのような視点で分析をするのか、投影法というものはそれらすべてが合わさって投影法になるのだと思うので、測度開発は、質問紙などのように手続きを1つ1つを順番に押さえて完成に至るものではなく、いったん全体ができてからそれを修正して磨き上げていく必要がある。ように思う。

 全体の発想はAAIに拠っているのだが、AAIのデータの収集の仕方も、分析の仕方も手間がかかりすぎるし、その方法を誰かに使ってもらおうと思ったときにハードルが高すぎる。もう少し簡便な方法で行うやり方はないだろうかと模索してきた。
 そうして2年間が経ってしまったのだが、ようやく目処がついてきたかもしれないと思えるようになった。分析の仕方でつまづいていたのだが、人から依頼のあった翻訳を行って、もう一度自分の研究に戻ったときに、その翻訳で書かれていたことが役に立つような気がしたのだ。そして実際にそれを分析の視点として取り入れてみると、意外にうまくいくかもしれないと思えた。
 思っているだけなので、本当にそれでうまくいっているかどうかはある程度の数をこなしてからでないと判断できないだろうけど。

 量的な研究をする場合には、測定の誤差が多少あったとしても集団全体として結果をうまく予想できれば良いのだと思うが、投影法を用いようとする裏には、これを臨床で使えないだろうかという含みもあるわけで、その場合測定の対象はあくまで個人となる。測定の誤差がここで大きくなると困ったことになるので、その辺が量的な研究とは異なるところであるように思う。何の話をしているかというと、投影法の開発においては、すべてのデータを分析してから他の変数と照合するのではなく、1つのデータを分析してはそれが妥当性の尺度なり、予測される結果なりに合致しているかを確認するような形で分析の視点を定めていくやり方が適しているように思うのだ。
 その途中にはもちろん視点の揺らぎもあるし、後から新しい視点が出てくることもある。そういうものをまとめて最終的にマニュアルに仕上げていくのだろうけど、数少ないデータから積み上げていく作業が、これまでに行ってきたいわゆる心理学の研究とはずいぶん違うところだなと思う。

 そういうわけでまだ新しいやり方でデータを分析し始めてからわずかしか経っていないので、この方法が使えるかどうかは分からないのだ。ただ、いまのところ他の変数の予測がうまくいっているようで、これまでに行ってきた中では一番うまくいきそうな気がしている。

 表象を測定する、という試みは、それを始めたときから思っていたことだけれども、いくつもの困難を抱え込む作業であると思う。実際的なことはおいておくにしても、「表象」というものがどういう形で測定されるのか、今でもよく分からない。AAIは表象水準での愛着の組織化を測定していると言われる。しかし実際のところ、分析されているのは過去の経験について語ったその語りであり、その語りの背後にある種の愛着に関する心の状態があると想定されており、それを表象水準と呼んではいる。しかし、表象そのものは測定していない。
 ロールシャッハ・テストでも表象を測定していると言われる測度がいくつかある。特に対象表象を測定するとされるスコアリングの方法がある。しかし、それらも運動反応だけを対象とするものであったり、人間だけがスコアリングの対象になったり、普段私たちがロールシャッハ・テストで行う理解の仕方に比べると、どうしても形式的な理解に陥りやすく、臨床的に用いる思考にうまくそぐわないように思える。
 表象を測定する、という試みは、そうして何を測れば表象を測定したことになるのかが分からない、という困難を抱え込んでいる。ように思えるのだけど、そうしたときに私がいつも考えるのは、私たちが日常の臨床場面で、ある人の内的状態を捉えるときに使う方法がどういうものかということだ。私たちは対象関係なり、内的状態なり、表象なりについて話しているけれども、そういった概念は実際に臨床の経験の中で私たちの思考に作用し、またそこが私たちの焦点が当てられているところでもあり、その意味で心理学的な「実体」とも言える。それが1つの実体であると思えるからには、そう見える考え方と、その実体を確信させる何かがそこにはあると思うのだ。
 というわけで、臨床での経験について考えてみると、ある人の心の中で何が起きているのかを捉えようとするとき、私はいつもその人の語る内容、その時の話し方、場の雰囲気、などに注目している。それは教科書的なことでもあるのだけれども、実際にもそうなのではないかと思う。それが出発点となっていて、それは結局のところ、私たちが直接に触れることのできるものは心の中で起きていることの外的な現れでしかないということを意味しているように思う。無意識、と精神分析では言うけれども、私たちは無意識を直接に知ることはできなくて、むしろ、無意識の現れとおぼしきものを捉え、もっと言えば今目の前で起きていることの中でその人の心の中で起きていることを表していそうなものに注目し、それがどういった内的状態を表しているのかを推測しているにすぎないのではないかと思うのだ。

 そういう意味では、私たちはいつでも表象そのものを捉えてはいないのではないか、というのが私の理解であって、AAIにしても、ロールシャッハ・テストにおけるスコアリング・システムにしても、むしろ表象につながるであろう外的な現れが何か、それがどういった表象と関わっているのか、ということを見定めているのだろう。だから自分が表象測定の測度開発を行う際にも、得られたデータの中の引っかかる部分をどういうものとして考えたら良いのか、ということを決めていければ良いのではないかな、といったことを最近は考えている。
 そうやって2年間が過ぎた。

 そろそろ1つにまとまってくれると良いのだけど、今回いけるかもしれないと思ったものがやっぱりうまくいかなかったら、またやり直しということで、測度開発はおもしろいながらも、先の見えない作業だなと思う。

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