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2008/09/16

関係に視点を据える

 先日の世界乳幼児精神保健学会世界大会で行われたいくつかのシンポジウム等は、録画されDVDとなって最終日に売られていた。比較的安価であり、英語のままで通訳も字幕もないDVDなのだが、これを購入した人も多いだろうと思う。先日、それを見返していたのだが、プレコングレス・シンポジウム「乳幼児虐待への早期介入」の中で、Cramerが我々のやっている事は関係に働きかけている事は間違いない、というような事を言っており、Trevarthenもそれに強く同意するという場面があって、そうか関係なのかと思う事があった。

 そのDVDを見ながら思った事は、かつて精神分析が、今では一者心理学とも呼ばれるような個人の理解の方法をとっていたところから二者心理学と呼ばれるような観点へと移行していった事とよく似て、乳幼児研究においても研究の対象、あるいは介入の対象が1人の乳幼児ではなく乳幼児と養育者の関係に焦点が当てられるようになってきているのかもしれない、ということだった。もちろん関係という視点は、介入においてもFraibergやSternによる親−乳幼児精神療法の中にすでにあらわれているものであったが、その重要性がますます認識されるようになっているのではないかと思ったのだ。

 私が学部の頃、実習で乳幼児観察のビデオを見せられてその分析をするという課題が出された事があった。そうした時や卒論で乳幼児観察を題材にする同級生と話をしていた際に、乳幼児の行動について考えるには刺激を統制する必要があって、でも母親の影響をどうやって取り除く事ができるのか、といった事を考えた事があった。乳幼児に限らず、例えば友人との親密度によって、みたいな社会心理学的な研究を考える時にも、その友人関係の個別性を親密度の違いだけにならすにはどうしたらいいか、みたいなことを考えていた。サクラのような人が被験者と会話をしても、それで親密度のコントロールができるわけでもなく、そうした個人について考える際の、その個人と関係を持っている他者の影響の統制をどうしたらよいのだろうということに頭を悩ませ、結局その解決方法は分からないままだった。
 去年海外でAAIの研修を受けた際に、参考にとストレンジ・シチュエーションのビデオも見せてもらったのだが、その際に乳幼児の愛着パターンの分類は乳幼児と親の関係のパターンだという説明を受けて、その時に学部自体に感じていた疑問についてどう考えたらいいかが分かったような気がした。
 私たちは、誰か1人の個人を、その周囲の他者との関係から切り離して考える事はできない。むしろその個人がある他者と取る、その関係を対象としていく他にない。
 関わる相手が変われば同じ個人から得られるデータも変わる。もちろん変わらないところもあるわけだけど、何が変わらないかは相手を変えてみない事には分からない。私たちは関係を相手にして物事を考えていく必要がある。そんなふうに思ったのだ。

 それはある意味では現代の精神分析的にはなじみのある発想であるものの、科学的、と称する心理学的研究においては他者から切り離せない個人を想定すること自体が大きな発想の転換であるように私には思えた。
 ビデオを見ていて感じたのは、そうした発想の転換が、静かに、しかし大きな流れとして乳幼児研究の中で生じているのではないかという事、そしてそれはやがて心理学研究に1つのパラダイムシフトをもたらすのではないかということだった。

 少し前に、心理学評論に「社会的文脈における動機づけの諸問題」という特集が組まれた。特集にあげられた論文はまだ十分に洗練されたものではなかったものの、状況要因から切り離された個人を捉える事の困難を訴えるものとしては、注目に値するものであると思うし、こうした動きは心理学の方法論における変化の兆しであるかもしれない。そういうことを思い返したりもしたのだ。

 関係に視点を据える事の問題点というのももちろんあるのだが(それは一部精神分析における間主観性理論と対象関係論との間で生じる議論の背景となっているように思う)、それでもこの流れが確かに進行しつつある事を予感させることをDVDに見いだして、ちょっと胸躍るものがあったりした。心理学の方法論はまだまだ成熟したものではなく、発展の余地がそこには残されている。こうして新しい物事の捉え方が生まれていくのかもしれないし、それが関係論的な視点であるなら面白いことだな、と感じたのだ。

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