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2008/01/20

偽りの自己と本当の自己

 思うところがあって、Winnicottの「情緒発達の精神分析理論」を読んでいた。「本当の,および偽りの自己という観点からみた自我の歪曲」という論文を読んだのだけど、本当の自己と偽りの自己の関係についてWinnicottがどう書いているのかを確かめていた。

 私なりの理解を簡単に言えば、Winnicottの業績の1つはこの偽りの自己の発見であったと思うし、それはもちろん意識的な生活が無意識の心の領域と併存しているというFreud以来の精神分析の発想の延長にあるものだと思う。Winnicottにとってこの偽りの自己は、本当の自己を生き延びさせ、どこかの時点で環境と出会うことを橋渡しするために存在している。本当の自己の起源は自発的な身振りにあり(ここに願望や本能を持ってこないところにWinnicottの中庸さがあるように思う。原初の乳児の体験において、それは内的体験でもなければ存在しないものでもなく、その両者の接する身体に存在している。その意味で中間領域は生まれた時から存在していると言えるのかもしれないと思ったりする)、それが環境としての母親(もちろんこの言葉は実際の母親だけを表すものではない)に無視され、あるいは環境の側の要求に従うようにせまられたとき、偽りの自己が生まれることになる。そうして本当の自己は環境から保護され、自己の内部において保存され、やがて自発的な身振りがどのようなものであったのかさえ忘れられた時に本当の自己は外界とのつながりを無くし、そこに空虚感が生まれる。偽りの自己は人格の中心に位置するかのように体験される。

 私たちはこうした本当の−偽りの自己という二分法になじみやすいけれども、多分ことはそう単純ではない。

 Winnicottが提示した事例においては偽りの自己は本当の自己を守り、治療者、つまりWinnicottのもとへと本当の自己を連れてきて、自らの役割を治療者に譲り、本当の自己をゆだねる。Winnicottは本当の自己がない(ように体験されている)ことを発見し、この過程に寄与する。このことは偽りの自己にも「本当の」と呼ばれるものが混ざっていることを示している。なぜなら本当の自己が求めていること、つまり環境との自発的な身振りを通しての交流を、実のところ偽りの自己が担っているからだ。偽りの自己は本当の自己とは無関係に活動しているわけではなく、本当の自己が望むことを行い、本当の自己が環境と接することができるように機能する。本当の自己が失われてしまう(ように体験される)のは、この偽りの自己の奉仕が報われない時なのだろう。対象希求性というFairbairnの言葉を持ち出せば、この対象希求性が対象によって拒絶され、あるいはむしろ逆に環境の側の要求の方が強くなった時に偽りの自己が誕生する。この時自己は、偽りの自己と本当の自己による歪曲を受け入れることではなく、環境との交流をやめるという選択肢を取ることはない。それは死を意味するからだ(もちろんWinnicottには死の本能の概念はない)。そのかわりに生き延びるために偽りの自己が環境と交流し、本当の自己が環境と取り結べない対象希求性を、偽りの形とは言え取り結ぶ。ここには偽りと本当とが同時に存在している。

 偽りの自己は本当の自己のために奉仕する。

 そんなことを考えたのは、学生と話をしていた時に、「目の前の箱に自分の頭の中を出した時に、これは本当の自分、これは嘘っていうふうに分けることができない」という言葉をその学生が口にしたからだ。その言葉を聞いて最初にあげた論文を読み直してみようと思ったのだ。多分それは正しい言葉だと思う。他者と関われない寂しさを埋めるために、自分を(いい人として、面白い人として、あるいは性的に)取り繕って関わることが偽りの交流であるとしても、関わろうとするその身振りを私たちは偽りであるということはできない。求めていることが何かが分からないまま人から称賛される成功を成し遂げていくことを偽りの人生だということはできても、何かを成し遂げ人から注目されるその営みを偽りということもできないだろう。
 そのように考えると、私たちは臨床において、便宜的にであっても、自己のある部分を偽りと呼ぶことはできないのではないだろうか、と思ったりする。あるいは便宜的にという目的は認めても、自己のある部分を偽りの自己としてだけ定式化することはできないのではないだろうか。

 偽りの自己は本当の自己のために奉仕する。
 それは多分、偽りの自己はその起源において本当の自己を織り込んで生み出されているということなのだ。そこに自己の連続性を読み取ることができる時、私たちは希望に辿り着くことができるのかもしれない。

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コメント

ウィニコットの偽りの自己と統合失調症又は分裂病
とに関係があるような気がしているのですが

投稿: マコト | 2014/09/07 23:22

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