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2007/06/03

サイコロジスト

 こちらでAAIの研修を一緒に受けた人の中に医療関係者が4人いた。その中には大学に勤めている人もいたし、病院で働いている人もいたけれども、そのうちの2人はサイコロジストとして開業をしていた。1人は私よりも年長だけれども、もう1人は私よりも若いと思う。残りの2人のうち1人はソーシャルワーカーだけれども、心理療法もやるようで、残りの1人については話をしていないので分からない。

 その開業をしている2人に聞いたけれども、2人とも他に仕事があって(例えば大学だとか病院だとか)、週末だけ開業をしているという形をとっているようだった。それを1人でやっているのか、誰かと一緒にやっているのかまでは分からなかったけれども、そうして自分で開業をできるのっていいなと思った。もちろん、いいなというだけでやれるようなことではないのだろうけれども、それでもやりやすい雰囲気やそのためのノウハウやそうした風土のようなものが背後にあってだろうと思うので、それも含めて2人の話を聞いていてうらやましくなった。
 もちろん開業は大変な事で、自分ですべての管理を行わなければならないし、例えば保険を使うのであれば保険会社のための書類を書く仕事も多いようだ。そのため、自費での心理療法を好んだり、多分他にも目に見えない苦労をしている事だろうと思う。

 その一方でソーシャルワーカーが心理療法をするという話も興味深かった。その話については詳しく聞いていないが、確かに海外の文献を読んでいると愛着の領域だからなのか分からないが、ソーシャルワーカーが心理療法について語っている事がよくある。アメリカなんかではサイコロジストが簡単な薬の処方ならできたりするような事を聞いた事があるけれども(ちょっと不確かな情報です)、それと同じようにいくつかの国ではソーシャルワーカーが心理療法をできたりもする。この辺の事情はいろいろな国によって違うけれども、こうした交錯の仕方が面白いなと思う。

 日本では資格問題が難しいことになっているけども、例えばソーシャルワーカーが心理療法をやろうとした時に、私たちはそれに対してどのような態度を取るのだろう。心理療法の基礎的なトレーニングを受けていないからダメと言うのだろうか?そうだとしたら受けるチャンスはあるのだろうか?心理学の知識を持っていないからダメだというのだろうか?心理学の知識と心理療法のトレーニングを受けた時に、それでもソーシャルワーカーとして心理療法ができるのだろうか?
 こちらで研修を受けた先生は発達心理学の専門家だったが、母子間の愛着に関わっている事もあり虐待についてもいろいろと語る事が多かった。その先生は臨床的な関与はいっさいしないらしく、本当に愛着の研究として集めた協力者の中に虐待の問題を持つ人がいるというだけの事だったようだが、果たしてそういう人たちが語る虐待の話を、臨床に携わる人は聞くのだろうか?研究だけの人が臨床的な問題を語れるのだろうか?研究としての虐待と臨床における虐待とは何か別のものなのだろうか?

 私たちの生活はずっとつながっているものなので、いつもいくつかの領域には重なりがある。それは葛藤のもとであったり豊かさのもとであったりするのだろうけれども、私たちの可能性はどこまで広がり、限界はどこにあるのだろうか?私たちは私たち自身の行いを何に基づいてどのように規定し、同時に他職種の行いをどのように規定するのだろうか?そんなことを考えてみたりした。
 たくさんの疑問符が並んだまま、どこにもたどり着かないのがいつもの私のクセのようだけど。

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米国でいろいろ学んで来られたnocteさん(心の探究、あるいは夜の世界)が、当ブ [続きを読む]

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