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2006/11/05

日本心理学会大会

 11/3から行われていた学会も今日で全て終了した。さすがに最終日の午後になると人の数も少ないように思えたし、実際今回一緒に発表した人はくたびれた姿を見せて帰っていった。私も一番最後の時間帯までは残らず、最後のポスターセッションの時間に知人の発表をのぞいて、書籍を購入し3時前には会場を後にした。

 私たちの発表はどうだったのだろう。ワークショップの枠で行い、質疑の時間までは取れなかったので残念ながら会場の人の反応は分からなかった。それでも予定していた配布資料が足りなくなるくらいには聴きに来てくれる人がいたので、その点はよかったと思う。発表を終えて、反省と今後の方針や見通しを持てたこともよかったと思う。
 来年も企画はあるようだけれども、今度はどうするのだろう。

 ポスター発表は心理臨床学会に比べるとのぞいてみたいなと思うものが多くて、研究の面白さという点では、それが直接に臨床に関わってこなくても心理学会の方がいいかなとは思った。今回が初めての参加だったのでこれまでは気が付かなかったけれども。
 どうしてそういうことになるのだろう。臨床の研究が必ずしも劣っているということではないのだろうけど。
 少なくとも私の興味ある研究に関しては研究デザインやサンプルサイズが適切でないということもあるのかもしれない。それに加えて、私自身もそうだけれども、臨床が中心になっているとどうしても事例研究ではない、基礎的・実証的研究ということへの真剣さが足りなくなるということもあるように思う。人への批判としてではなく、自戒の意味も込めて勉強になったことだった。
 もちろん心理学会の中でも面白みのない研究や、研究デザインや分析として適切とは思えないものもあったし、モデルや分析に振り回されて理論がなくなってしまうことの問題は語られていることのようでもあるけれども。

 残念だったのは資格問題についてのシンポジウム。資格がどうあるべきかということよりも、先に国会に提出された法案についての修正を求める声明が読み上げられただけだったり、みんなで一緒にと言いながら臨床心理士を牽制するだけの発表だったり、いったい何をする場なのだろうと思わされるシンポジウムだった。心理臨床学会がそれに直接に対決する形をとらなかったのはよかったのかどうか。
 臨床心理士側の会場からの抗議も、壇上の全心協や日精協の発表も、どっちもどっちという感じで、これなら伝え聞く「心理専門職に関する国際シンポジウム」の方が面白かったのではと思う。
 最後に心理学緒学会連合の理事が言った「政治的なものだけにならないように」という言葉がシンポジウムの全てを表わしていたと思うし、このようなシンポジウムが公開で行われることを私は恥ずかしく思っている。

 そうした点を抜きにすれば面白い学会であったと思う。会場もいい会場で、飲み会も含めてまた参加してみたいと思う雰囲気でした。学問というのは、こうして祭りと真剣さの狭間にあるのだなと考えさせられたりもしました。

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