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2006/10/08

入眠の困難

 先日、修士課程1年生の論文中間発表会があり、そこで睡眠障害の研究をしている人の発表があった。そこでは規則正しい睡眠をとるための睡眠指導というものに焦点が当てられていたが、うつ病というものが広く知れ渡っている現在では、それに伴って不眠や入眠の困難ということも意識される問題として浮かび上がっているように思う。研究自体は生体リズムを整える方向での発表だったけれども、こうした問題にはもちろん、心理的な要因も関わっている。

 これはもしかすると私の思い込みかもしれないけれども、人が最も良く睡眠に入ることができるのは愛する人とのセックスの後なのではないかと思う。あるいは、好きな人の腕に抱かれていたり、好きな人をその腕に抱いている時ではないかと思っている。愛情とは安らぎであり、それは眠りにおいても同じ価値を持っているように思える。
 厳密にいえばそれは愛着と表現されるべき心の状態であるだろうが、愛着と愛情は同一の概念ではないにしてもある年齢に達すれば多くの場合それは愛情の中に表現される。愛着というものは、基本的には身体接触による安らぎであり、それは心理的には安全感や安心感として、生理学的にはリラックスした状態や緊張の緩和として成立している。不安や不快な感覚は身体接触の中で和らげられ、その意味で安らかな眠りは愛情の中に訪れるのではないかと思ったりする。
 こうした議論は手法としての身体接触の利用として、生体リズムを整えるという枠組みの中に収めることのできる現象であるとともに、発達的にはむしろ生体リズムの調整自体が関係の基盤の上に成り立っているのだとも言える。生体リズムや生理学的な状態を適切に調整するのは、個人の意図や努力や物理的な刺激・環境なのではなく、むしろ個人を包む愛着対象との関係の質であると表現できるのかもしれないとも思う。

 それは言い過ぎた表現であるにしても、愛着理論が示唆していることは、幼少期の養育者との関係が生理学的状態を調整する機能を果たし、それは神経学的発達の過程の中に折り込まれながら神経生理学的状態の制御因子として内在化されるということである。個人の睡眠はある年齢においては個人の生体の問題であるが、原初的には関係論的問題でもある。その名残は大人においても見られる。

 関係の質は同時にうつを始めとした問題にも関与するものであり、そうしてさまざまなストレスやその反応としての精神的健康状態や睡眠の問題は、個人が持つ愛着対象との関係の質を通じて結びつけられる可能性がでてくる。うつと不眠を説明する神経生理学的状態は、ともに関係の質の変数としてとらえうるのかもしれない。これまで個人に還元されていた多くの問題が、もしかすると関係の質の問題として見直される必要があるのかもしれないと思ったりするのだ。
 関係がすべてではないにしても、個人を1人の独立した存在としてとらえるだけではなく、その心的・身体的状態に寄与する重要な対象との関係を持った存在として、関係論的存在としてとらえることは発達的には根拠のある発想であり、おそらく心や健康の問題に大きな認識の変化を促すものだろう。
 誰かが言ったように、関係は薬が提供される器であるだけではなく、それ自体が薬でもあるように思えるのだ。

 そんなことを考えた。

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