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2006/09/30

心の風邪としてのうつ病

 心療内科の先生が大学院の集中講義で来られて、その先生を囲んでの飲み会があった。心療内科という領域は近いようでいてこれまで縁のない世界だったので話に加われるだろうかという心配もあったけれども、うつ病の話など共通して関心のある話題も出てきたのでいろいろな話をすることができた。その中である程度うつが軽快すると患者さんは薬をやめたがる、という話があり、「少しはうつの受け止め方も変わってきたけど、まだそうでもない面もあるな」ということをその先生は言っておられた。

 確かにこれだけうつについての情報が知られるようになっても、今でもうつという病気がおかしな病気ではないという認識がすべての人に受け入れられたわけではないと思う。うつになった本人にとってもそう簡単に割り切れる問題ではないように思う。
 それに対してその場に出席していた別の先生が、「メディアを使って、うつは風邪みたいなもので、みんな一生に一回はかかることがある、ってことを言ったらいいんだよ」と言われた。確かにそうなのかもしれない。実際今の情報の出方というのはメディアに媒介されているのであって、方向性としてはその通りなのだろう。
 ただそうすると今度は違う形で問題が現れることになる。それは、うつが社会に受け入れられることで、うつだから仕方ない、と「うつ」を利用し、いわゆる疾病利得を得る方向に動く人もいることだ。うつは深刻な病気ではない、という安心だけで事態がすむわけにはいかないのだ。それに関しては心療内科の先生と私の意見は一致していた。
 症状の水準で状態が良くなっても、その背後に心的な問題を抱えている人はその問題が目立ってくるのであって、その問題を抱えた心の部分がうつを盾として、あるいは武器として使うようになることもあるのだ。そこに心の病気というものの複雑さや周到さがある(もちろんその背後には、ある種の必死な思いが潜んでいると思うけれども)。
 しかし、その別の先生はさらに、「だから風邪みたいなものなんだから、風邪ぐらいで何言ってるんだってレベルまで持っていっちゃえばいいだよ」と続けた。心の風邪だから深刻な病気だとか頭がおかしくなったとかいうことではありません、でも病気なので、という理屈に対して、風邪なので言い訳としては使えないという状態にまで持っていってしまえばいいと言うのだ。
 それには、なるほど、と思わざるを得なかった。そこまでの発想は私にはなかった。その先生は前から物事をスパッと切っていくような話し方をする先生だったのだが、なるほどこういう発想をするのだな、と別の意味でも感心してしまった。
 そんなやりとりがあって帰ってきた。

 それでも、本当にそれだけでいいのだろうか、とふと今になって思う。

 メディアを使って本当にうつは心の風邪というレベルになったとして、そうすると「風邪ぐらいで何を言っているんだ」という言葉が、今度は本当にうつで苦しんでいる人にも向けられてしまう事態が生じないだろうか。うつを恐れなくてもいい、という段階から、たいした病気じゃない、という段階へ移ることで、うつにならざるを得なかった苦しみに誰も目を向けないという事態になったりはしないだろうか。そんなことを思ったりする。
 あるいは心の重荷は別の形をとって、その主張を繰り返すのではないだろうかと思ったりもする。

 これは私の感じ方なのかもしれないけれども、耐性を持つウィルスのように、心の問題も1つの解決法に耐性を示し、その状況を新しい問題の発現に取り込んでいくように感じる。病気の理解が進めばその理解を疾病利得に取り入れ、病気の治療法が生まれてくれば新しい表現手段を見つけていく。それは心が葛藤を経験する限りにおいては繰り返されることのように思うのだ。
 時代が変わり、技術が進歩しても、心はいつも矛盾に満ちた存在で、影は光とともにある。私たちの仕事は、絶えることのない回転木馬のデッドヒートのようにいつまでも同じ場所で競争を繰り返している。そんなふうに思うことがあるのだ。
 それはもちろん長い時間の尺度で見た人間の営みについての理解であって、今目の前で苦しんでいる人の問題に直接に関わることではないのだけれども。

 そんなことを考えて、ああ私はいつも割り切れない思考の中で途方に暮れているのだな、と気付いたりする。

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